mlesnatea
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ムレスナティーについて

ムレスナティーについてABOUT MLESNA

ムレスナティーについて MLESNA TEA

ムレスナティーについて

スリランカで栽培される最高級セイロンティーブランド。
1983年に世界屈指のティー・テイスター アンスレム・B・ペレラ氏が紅茶大国・スリランカ(セイロン)で創業しました。ブランド名であるムレスナはアンスレム(Anslem)を逆から綴ったものに由来します。
世界3大茶葉と称されるのが、インドのダージリン、スリランカのウバ、中国のキームンです。スリランカのコロンボに初のティーオークション市場ができたのが1883年のこと。紅茶の歴史としては比較的新しい為、インドや中国に比べると認知度が低いようですが、セイロンティーは渋みや苦みが少なく、柔らかな風味を持つとても質の高い茶葉で日本人好みの紅茶と言えます。
ムレスナティーの特徴は茶葉がノーブレンドの若葉であるため、鮮度が良く、蒸らす必要がありません。特に人気なのがフレーバーティーです。フレーバーティーの香料はスイスの老舗香料メーカージボダン社のものを使用しています。香料とはいえ、天然果汁などから抽出された限りなく、ナチュラルなもので、後味もすっきり。ムレスナジャパン代表のデイビッド.K氏の豊かな発想で生み出されるフレーバーブレンドは多くの紅茶好きを魅了しています。

スリランカの紅茶について SRI LANKA TEA

スリランカの紅茶について

かつてセイロンと呼ばれていたスリランカは「光り輝く島」という意味で、インド洋に浮かぶ小さな島国です。ティーベルトと呼ばれる熱帯地域の一つであり、数多の茶園が広がっています。標高によってハイグロウン(標高約1200m以上)、ミディアムグロウン(標高約600~1200m)、ローグロウン(標高約600m以下)と分けられていて、個性が異なる茶葉が育てられています。

ティーオークションについて TEA AUCTION

ティーオークション

スリランカ国内で生産された紅茶の90%以上は、非常に洗練されたオークション・システムで取引されています。簡単に言うと、紅茶加工工場や茶園はブローカーに紅茶を売り、毎週2回開催されるオークションでブローカーは一番の高値をつけたバイヤーに対して紅茶を売る、という形です。ちなみに、このスリランカのオークションは、単一商品(つまり紅茶だけ)を扱うオークションとしては、世界最大規模といえます。
スリランカ全土には、約1万2千もの茶園があります。「茶園から直接買い付け」という言葉を見かけますが、外国人がわずかな滞在で最良の茶園を見つけるのは至難の技といえます。また、同じ茶園の茶葉でも、年度や収穫時期によって風味が異なります。
オークションで競り落とす茶葉は全て、「○○茶園 ○○畑 ○○kg」と明確にわかります。サンプルにも同じ情報が入っており、購入の際はそこに記入されている量を全て購入しなければならない仕組みです。(そのうちの半分だけ購入、ということは出来ません。)
ムレスナティーのようなティーカンパニーは、いつも同じ味とは限らない茶葉をオークションで購入し、ブレンドの種類や量をかえることでいつも同じ味に仕上げているのです。スリランカを代表するティーカンパニーになった今も、ムレスナは自社茶園を持っていません。それでも最高の紅茶に調整するのが、ムレスナティーのティーテイスター達です。

アンスレム・B・べレラ氏について Mr.Anselm

アンスレム・B・べレラ氏について

早くに母親を亡くし、18歳で職探しをしているときに、ブルックボンド社(現在のリプトン・ブルックボンド)で募集があり、直感で紅茶の世界に飛び込みました。
なぜ18歳の少年が採用されたのでしょうか?
それはティー・テイスティング・テストの結果アンスレム氏が「卓越した舌の持ち主」である事が証明されたからです。ブルックボンドは1869年にイギリスでアーサー・ブルックが創業しましたが、彼もまた「卓越した舌の持ち主」ティー・テイスターの先駆者でした。ブルックボンドが世界的に有名になった理由の一つは、紅茶のブレンド技術の高さです。日によって価格や品質が変動する茶葉をブレンドして、味と価格を均一にしたのが成功の鍵でした。そんなブルックボンドで認められたアンスレム氏の舌があったからこそ、ムレスナは誕生したのです。

ディヴィッド.Kについて Mr. MLESNA David.K

ディヴィッド.Kについて

1985年 25歳で最初の会社(商社)を起業
1989年 アンスレム氏と出会い、紅茶の世界へと進む
1990年 日本のムレスナティー総代理店
1998年 兵庫県西宮に初のティーサロン「ムレスナティーハウス」開業
1999年 京都府三条通に「ムレスナティーハウス京都」開業
2003年 キューブボックスシリーズを発売開始

日本の規格からかけ離れたユニークな人物。
「小学生のときから学校が嫌いでランドセルを背負う意味も分からなかった」
とデイビッドさんは思っていました。
ゼロから紅茶の世界へ進み、様々な危機を独創的な発想で切り抜けてきたのです。

そんなデイビッドさんがビジネスの意識を持ったのは10歳の誕生日に母親につれられ、バイキング料理を食べに行ったときでした。
好きな物を好きなだけ食べられるパラダイスに、デイビッド少年はもう夢中でした。
しかし、あまりの大食ぶりに大人料金を請求される事態に。「なぜかそのとき、自分で会社を作ろうって思ったんです。人を幸せにできる、自分が良いと思うものを世の中に広めたい」
未来の茶王デイビッドさんの誕生です。